幼馴染

 「くぅおらぁ、玲ぁーいつまで寝てんのよっ!」
 少女は、にやりとした口元を隠そうともせずに、布団の端を掴むと一気に引っぺがした。
 布団の中にいた物体は、その突然の災厄に反応できずにベットを挟んで、少女とは反対側へと落ちる。
 「うっうわぁっ!?」
 盛大な落下音とともに、まるで少女のような声が響いた。
 「う、う〜痛いよ・・・千里ちゃん。」
 だが、実際にベットの向こう側から起き上がってきたのは、まるで少女のような容姿ではあったが・・・それは、確実に男であった。
 何故なら、見苦しい程にその男・・・少年のモノは、起立していたからだ。
 朝一番であるだけに、生理現象として勃起してしまうのは、致し方ない事ではあるが・・・そんな事、少女には関係ない。
 少女は、歯を剥き出しにして笑うと
 「あんた、朝早くから、んなに自分の息子をおっ立てて、なかなかやるじゃない。」
 からかい口調で、少年の羞恥を誘った。
 これに反応した少年は、顔を真っ赤にして両手で股間を抑えるようにして、再びベットの下へと隠れる。
 「だ、だって・・・これは・・・」
 少女に見られて恥かしいのか、涙目で恨みがましい視線を少女に向けた。
 「あらあら〜、玲ちゃんは千里ちゃんにまた恥かしい姿を見られてはちゅかちいのでちゅかぁ〜?」
 だが、少女は気にした様子もなく、更に追い討ちをかける。
 「う、うう・・・なんで、千里ちゃんが来てるのぉ・・・・・・」
 いつもなら、起しにくるのは母親の筈なのにと・・・いや、本当は母親だって嫌なのだが、言っても止めてくれないのだ・・・悲嘆にくれる。
 低血圧とはいえ、起きれない自分が悪い事には違いはないのだが。
 「んなもん、決まってんでしょ。あたしが、あんたのママに頼まれたから!」
 「ええ、なんで!?」
 息子の嫌がらせに、半分人生をかけているともいえる母親が、朝のこのイベントを他人に譲るなんて・・・玲には、信じられなかった。
 だが、次の千里の言葉で玲は納得する。
 「・・・知らなかったの、あんた?あんたん所の両親とあたしの両親、そろって今日から旅行に行くって結構前から言ってたじゃない。」
 「・・・嘘?」
 「ほんと!たくっ、あたしの言葉が信じられなねぇつーのか!!」
 ベットに体を乗り出して、千里は玲の口の両端を摘むと引き裂くように両側へと引っ張った。
 「いひゃいっ、いひゃいよちひゃとしゃっん!」
 玲は、両腕をぶんぶん回して、その痛さを表現する。
 「うひひっ、うりゃっ、ここがええんかぁ〜。」
 少女らしくない、下品な声で笑いながら玲の口を面白そうに弄ぶ。
 「いっあああぁぁぁぁぁ!?」
 玲の悲鳴が、家中に響き渡った。

 「それにしても、あんたのママも相当アナーキーよね。」
 制服の上に直接エプロンを着て、彼女の自慢の大きなリボンで止めた長い髪のポニーテールが、左右に揺れる。
 「うん・・・僕もそう思う。」
 「まさか、何も言わずに旅行に行っちゃうなんてねぇ。」
 いやはや、流石だわ・・・と千里は、感心したようにうんうん頷いた。
 「それはいいとして、あんたもさっさとご飯たべちゃいなさいよ。そうしないと、あとかたずけ出来ないんだから。」
 千里は、鼻をならして玲を見た。
 玲は、まるで像の歩みのようにのっそりのっそりと食べ物を口に運んでいる。
 それは、低血圧だからとか、味わって食べているとか、そんなわけではない。
 純粋に、ご飯を食べる速度が遅いのだ。
 千里は、台所を一通りかたずけた後、自分も箸をとってご飯を掻っ込み始めた。
 こちらは、見てる側には気持ちがいいほどの速度で、次々と食卓のおかずと一緒に白い飯も彼女の口の中へと消えていく。
 玲が像なら、千里はさしずめチーターだろうか。
 玲が、ようやくおかずを一品食べ終えた所で、千里の食事が終わる。
 「たくっ・・・ほんと、あんたって、昔からノロマよね。」
 「千里ちゃんが、いつも早すぎるんだよぉ。そんなに早く食べたら、味どころか体にだって悪いよ。」
 「はんっ、早寝、早飯、早グ・・・おっと失礼、とにかくその三項目が家の家訓なのよっ!」
 けらけらと笑いながら、自分の食器を集めて台所へと持っていく。
 そして、手馴れた様子で食器を洗い始めた。
 この少女、ずいぶんと言葉は悪いし、行動も粗野ではあるが・・・こういった家事の手並みを見ている分には、十分以上に女の子らしい。
 「ほらっ、ちゃっちゃとかたずけなさいよっ!」
 少女は、洗物をかたずけながら、威勢のいい声で少年を急かした。


 少年と少女は、生まれてからずっとの幼馴染だった。
 生まれた日が一緒なら、遊んだ公園も一緒、通った学校も一緒・・・
 少年と少女は、ずっと一緒の時を刻んできた。
 そして、その力関係もずっと一緒だった。
 少年は、いつも少女の一歩後ろを歩く。
 まるで、親にはぐれないように一生懸命歩いている子犬のように。
 そう、いつだって少年は少女の庇護の下にいた。
 別段、少年にとって、少女にとって、それが不満なわけではない。とゆうより、それがあまりに当たり前な関係になり過ぎていた。
 それ以外の関係を、少年も少女も見出せないだけである。
 二人は、こう思っていたのだろう。
 きっと、この関係だけは、ずっと変わらないと・・・

 だが、人は良くも悪くも・・・変わっていく生き物である。


 千里は、遠くからでもよく目立つ少女だった。
 何故なら、千里の背丈は、同級生達と比べて・・・男子生徒と比べても、遜色がない程に大きい。
 おまけに、美人で凛々しい・・・本人としては、可愛い女の子になりたかったのだが(その辺、大きなリボンにその心情が表れているものと思われる。)・・・もっとも、言動や行動を見ている限り、本人に本当にその気があったかも怪しいものだが。
 とにかく、そのおかげで、とにかく目立つ。
 反対に、玲は背が低くく、千里の影に隠れがちではあったが・・・目立たない存在ではなかった。
 その少女のような可愛いマスクと、母性本能をくすぐるような弱々しい瞳。
 まるで少女のような・・・との形容は、伊達ではない。
 二人とも、まぁそんな目立つ存在ではあったので、学内での注目度も高い。
 千里は、男子生徒には勿論、女子・・・特に後輩達から、言動は時々あれだが。美人で凛々しく、悩み事があれば親身になって相談に乗ってくれる所がある彼女は、頼れる姉御として人気が高い。
 玲だって負けてはいない、千里とは反対に上級生の女の子達から熱いエールを良く受けている。(一部、男子生徒からもエールを受けているとの噂もあるが。・・・そして、その辺の要素が、彼の人気に更に拍車をかけているとも・・・)
 もっとも、二人に手を出そうだなんてゆう恐れ知らずは、そうはいない。
 玲に手を出すと、千里が何かしそうで恐いし。
 千里は千里で、男にだって普段くだけた様子を見せるのにも拘わらず、そういった目的の男を何処か寄せ付けないオーラを発している。
 そういった事が、二人に手を出そうと思っている人間の、二の足を踏ませていた。

 「おはよっ、諸君!」
 右手をあげて、千里がクラスメートに声をかける。
 「おはよー、千里。あらら、今日も玲君と一緒?焼けちゃうわね。」
 「ふふーん、祥子ってば、一体どっちに焼いてくれてるのかしら?」
 意地の悪い笑みで、千里しししと笑う。
 「決まっているじゃない、あ・な・た・よ♪もう、玲君ばっかり可愛がって、私の事は放って置きぱなしじゃない。」
 「ふふ、悪かったね、まいはにー♪」
 千里が、そう言って祥子を後ろから抱きしめる。
 「あ・・・おはようございます。」
 玲は、何気に気まずそうに頭を下げた。
 千里と祥子の目線と正面からぶつかってしまったのである。
 別に、冗談だとはわかってはいるのだが・・・玲は、こういったノリが苦手だった。
 「あはは、玲君ってば、相変わらず可愛いよねぇ。何だか、小動物みたいで。」
 おろおろと視線を彷徨わせる玲の姿が、丁度そう見えたのだろう・・・祥子のその言い得手に、成る程と千里が頷いた。
 「確かに、言われてみれば、そんな感じね。」
 「でしょ、でしょぉー。」
 千里が同意して頷き、祥子が嬉しげに声をあげた。
 「・・・そうかな。」
 「そうよ、それに・・・ほら。」
 祥子は、玲の側に寄っていくと・・・くんくんと鼻を近づける。
 「えっ、何?」
 怯えたような声、それが祥子や周囲の人間に可笑しさを与える。
 「男とは思えないくらい、凄くいい匂い。ほんと、男ってゆうより、これはもう女の子の匂いよね。」
 かぁーと、玲の頬が赤くなる。
 その時、パンパンと手が鳴る。
 千里だ。
 「はいはい、悪ふざけは、そこまで。もう直ぐ、先生も来るよ。」
 玲は、祥子の拘束がほどけた事にほっとしながら、千里に小さく礼を言って自分の席に戻った。
 祥子も自分の席に戻るが・・・途中で、千里にそっと耳打ちする。
 「ねぇねぇ、もしかして・・・嫉妬?」
 「あのねぇ、祥子までそんな事言う?何ども言ってるけど、あたし達は唯の幼馴染だよ・・・多少、あたしが保護者ぶってる所があるとしてもね。」
 もっとも、祥子のように親しい者以外の前では、敢えて否定した事はない。
 彼女的には、その必要性が感じられなかったからなのだが・・・それが、誤解に拍車をかけている事は否めない。
 「そう?でも、あたしの目から見てると、どうも嫉妬にくるった女があたしと玲君の恋仲を邪魔しているようにしか見えないんだけどなぁ〜♪」
 何処か楽しそうに、祥子がからかう。
 「ほほう、誰と誰が恋仲だって?」
 千里の目が険しくなる・・・と言っても、それは多分に笑みが含んだものではあったが。
 「きゃー、千里に襲われるぅー♪」
 そう言って、祥子が逃げるように自分の席へと戻った。
 千里は、その姿を見ながら思わず失笑してしまう。周りのみんなもそうだ。
 祥子には、自然と周りの人間に笑みを与える才能がある。千里には、それが酷く羨ましいものに思えた。

 これが、いつもの日常、いつもの風景・・・でも、この日は少しだけ違っていた。


 「高野千里さん、ちょっといいかな?」
 爽やかな笑みを浮かべて、隣りのクラスの男子が千里に声をかけた。
 身長は、背の高い千里よりも少し上くらい・・・顔は、かなりの上ランク。
 だが、まるでその顔には、覚えがなかった。
 いや、どっかで見た記憶はあるような気もするが。
 「えっと・・・」
 千里は、ちょっと困ったように祥子の方に顔を向けた。
 (誰だっけ?)
 表情が、そう問い掛けている。
 祥子は、仕方ないなぁー・・・そんな顔になりながら、わざとらしく声をあげた。
 「ああっ、バスケ部のエースの駒沢拓也君っ!?そんなっ、学年で一番人気の拓也君が、千里ちゃんに告白ぅ!?」
 (馬鹿・・・やりすぎだよ・・・・・・)
 そんな大きな声でと言いたい程の音量で、祥子が叫んだので周りのみんなも興味深そうにこちらを見つめている。
 穴があったら入りたいとは、この事だろう。
 だが、拓也の方は、あまり気にもとめずに。
 「なんだ、やっぱり俺の事は知らなかったみたいだね。」
 「ははは・・・ごめん。」
 もしかしたら、どっかで話した事があったのかもしれないが、千里にはとんとその記憶が無かった。
 「いいや、まだ一度も話した事はなかったから、君みたいな娘だったら仕方ないよ。あんまり、そういった話に興味とかはないだろ?」
 千里は、その問いには苦笑するに留めた。
 ここで頷くのも、それはそれで気が引ける。
 「でも、俺の方は、君の事・・・よく知ってるんだ。それに、君の明朗快活な性格の方もね。よく、うははははって笑ってるし。」
 大概、それで幻滅するパターンが多いのだが・・・どうやら、この男は違うらしい。
 「そ、そう。」
 他のクラスからも野次馬が集まって来た・・・女子生徒の視線が痛い。
 彼女に対して、陰険な虐めを仕掛けてくるような恐いもの知らずはいないだろうが(そんな事したら、千里の親衛隊が黙ってはいない。)、視線を当てられるだけでも、結構嫌な物である。
 「多分、俺が言いたい事ってわかっていると思うけど・・・」
 (こ、こんな所で言うかー!?)
 思わず絶叫したくなるのを抑えて、千里は冷静な表情を保つ。
 女子からは、悲鳴のような声もあがった。
 祥子は・・・・・・・・・言わずと知れて、わくわくしたような表情。
 「高野さん、俺と・・・」
 だが、その続きは別の声で遮られた。
 「千里せんぱーいっ、玲先輩がまたーっ!!」
 後輩の女の子の声が、窓の下から聞こえてきた・・・この時の千里には、まさしく天の助けの声だった。
 「っげ!またぁ、しょうがないわねっ、玲は何処?」
 「校舎裏ですっ、急いで下さい!」
 「オッケー、ありがとう、恩にきるよ!!」
 千里は、窓から顔を出してウィンクを一つ投げかける。
 「そんなー、気にしないで下さい、先輩♪」
 後輩の女の子の嬉しそうな声が響く。
 だが、その時にはもう、千里は顔を引っ込めて拓也の方に向き直り。
 「ごめんっ!そうゆう事だから、話は後で!!」
 千里は、そう言って拝む真似をすると・・・野次馬を掻き分けて、走っていく。
 祥子も急いで後を追った。
 後に残されたのは、呆然とした拓也と・・・拓也を袖に振った事に怒り心頭な彼のファン達だけだった。
 いや、だからと言って、それを受け入れられても困るのだろうが・・・彼女達は。

 「くぅおらっ、あんた達!」
 玲を囲んで小突いていた如何にも不良ですといった風体の男子を、後ろから急襲した千里の飛び蹴りが炸裂した。
 「千里ちゃんっ!」
 まるでハートマークを画面一杯に散らすようかの勢いで、玲が千里の名を呼ぶ。
 「千里ちゃんっ・・・じゃないってーの!あんた、ぬわに簡単に虐められてんのよ
 がこんっ!と響くような勢いで、千里が玲の頭上を殴りつける。
 「うう・・・」
 玲は、頭を抑えてうずくまった。
 「それにっ、あんたら!!」
 びしっと指をつきつけ、千里が吼える。
 「いい年してっ、虐めなんかやって恥かしくないわけっ!!」
 あまりの突然の登場と展開に、不良達も目を丸くして呆然となっていたが・・・千里の威勢の良い声にようやく覚醒する。
 「うるせぇっ、手前は関係ないだろうがっ!」
 「人の尻を遠慮なく蹴りつけやがって、この借りはお前の体で払ってもらわねきゃなぁ〜」
 「へっへっへ、いいなぁそれ。一番のりは、俺にやらせろよ。」
 男達は、舌なめずりをして、手をにぎにぎしながら迫ってくる。
 そんな男達に、思わず悪寒を感じながら千里が叫ぶ。
 「ふざけんなっ、誰が手前らみたいなローカル色たっぷりの不良なんかに、体を触らせるかよっ!」
 千里は、迫る男の突進をひらりとかわして、そのまま背中に蹴りを叩きこむ。
 蹴られた男が激しく転倒する中、違う男が今度は拳を握って殴りつけてきた。
 「っは、言いなりにならないとわかったら、今度は暴力で無理矢理従わせようってわけっ!」
 「うるせぇっ!!」
 千里は、一度バックステップでその男の間合いから外れ、男の拳が空振りするのを見てから。腕を取り、その勢いでもって肘を体全体の勢いを乗せて腹部に叩き込む。
 「がはっ」
 男は、そのまま蹲るようにして、崩れ落ちた。
 「「きゃー先輩っ!素敵ぃぃぃ!!」」
 後ろには、祥子と彼女が引き連れてきた女子軍団が大挙をなして壁を作りあげていた。
 その圧迫感に、最後に残った男は、言葉を無くす。
 「やっちゃえー、千里!」
 「オッケー!」
 千里が片手をあげて、その声に答える。
 「っち、手前・・・ここまでやってまともに帰られると思うなよ。」
 「はんっ、そっちこそ、ここまで醜態をさらしたんだ。これ以上、晒す前に引き上げる方が無難だと思うけど。」
 男の言葉に、小馬鹿にしたような口調で応戦する。
 「もっとも、女か弱い奴ぐらいにしか手をあげる事が出来ないような馬鹿に、醜態の意味なんてわかるわけないだろうけどね。」
 「このやろうっ!」
 それで切れたのか、男は無謀にも一直線に飛び込んできた。
 それで、前の奴がやられているというのに・・・
 千里は、馬鹿はやっぱり馬鹿だと思いながら、男の攻撃の軌道を読むために体の力を抜く。
 そこに、一番最初に転倒させた男が飛び掛ってきた。
 千里は、予想の外からの男の動きに、対応できずにそのまま押し倒される。
 両腕を抑えられ、男に体を圧し掛かられた。
 完全に動きが封じられる。
 「ち、千里っ・・・ぷぎゃっ!」
 玲が、何か言おうとしたのだが、残っていた男に思いっきり顔面を殴りつけられ横転する。
 「せ、先輩っ!」
 「こらっ、千里を離しなさいよっ!」
 「そうよ、そうよっ、三人がかりで卑怯よっ!!」
 「何とかいいなさいよっ、この卑怯者!」
 悲鳴交じりで、女生徒達は男達に非難の声をあげるが・・・
 「うるせぇっ、こっちはな、さんざんな目にあってんだよ!ここいらで、一発かましとかねぇと、気がすまねえんだよっ!!」
 「手前らも、犯されてぇーんかっ、おら!!」
 きゃーきゃー悲鳴は、聞こえてくるが、流石に壁を離れて挑もうとする生徒はいない。
 それで気分をよくしたのか、男は顔をにやつかせて千里の顔を覗き込んだ。
 「そうゆう事で、お前は公開レイプしてやるよ。はは、あの高野千里を犯れるとはな、あの小僧を脅す手間が省けたぜ。」
 ようするに、最初っからこいつらは、千里目当てだったのだろう。
 その男の言葉に千里は、激しく歯軋りをした。
 「や、やめ・・てよっ・・・ぼ、僕・・なら・・・どん・・なに叩かれて・・も構わな・・いから・・・・・・」
 鼻が潰され、そこから血がぼたぼたと流れ落ちている。
 「馬鹿っ、あたしの事はいいからっ、あんたは早く逃げてっ。」
 「で、でっ・・・かはっ!」
 千里の方へ手を伸ばしていた玲の体に、男の一人が思いっきりよく蹴りを叩きつけた。
 その威力に、玲は吹っ飛ばされる。
 「このっ、このっ、馬鹿男っ!離しなさいよっ!!」
 パシッ!
 「うるせぇっ、黙ってろ!」
 千里の頬を、思いっきり殴りつける。
 もう、男達に理性はない。
 女子の一人が、こそっと応援を呼びに言ったとか、教師を呼び出したりしているとかの危険性はまるで考えていなかった。
 最終的には、男達も千里を何処かに連れ去って楽しんでから、脅してそういった状況を回避するつもりなのだが・・・快楽を得ようとする本能が、それを先送りにしていた。
 「まずは、この五月蝿い奴・・・っを!?」
 頭を蹴り潰そうとする男の行動に、思わず千里は目を瞑っていた。
 だが、そうはならなかった。
 「・・・えっ!?」
 駒沢拓也だ。
 絶妙のタイミングで現れた彼は、玲に蹴りを入れようとしていた男にタックルを入れて吹き飛ばすと、千里を押さえつけていた男に向かって蹴りを入れてぶっ飛ばした。
 「千里ぉっ!」
 祥子が、千里を助け起す。
 どうやら、彼女が助けを呼んできてくれたようだ。
 「ごめん、あたしが最初っから応援を呼んできてれば・・・」
 「大丈夫よ、祥子。気にしないで。」
 祥子の手を握り、震える彼女を落ち着かせる。
 「お前達、直ぐに教師達がやってくるぞ・・・痛い目に会いたくなければ、さっさと逃げるんだな。」
 拓也が、油断無く構えをとって男達を睨みつけた。
 「・・・っく、覚えてろっ!」
 男達が、捨て台詞を吐いて逃げていく。
 「玲っ!?」
 だが、千里は既に男達を見てはいなかった。
 あまりの玲の様子に・・・
 玲は、血だらけになり、地面に転がっていたからだ。
 「玲っ、玲っ!?」
 「まて、直ぐに保健室に運ぼう・・・きっと、大丈夫だ。」
 真っ青になった千里の肩に手を置き、拓也が玲を抱き上げた。
 「う、うん・・・」
 彼女には、頷く以外方法はなかった。


 「う、ん・・・・・・」
 放課後を知らせる鐘がなった後、玲がようやく目を覚ました。
 「玲っ!」
 「千里・・・ちゃん?」
 ぼうっとした目で、玲が千里を見る。
 「この馬鹿っ、心配したんだからねっ!!」
 「・・・ご免。」
 玲は、千里のその言葉に申し訳なさそうに目を伏せた。
 「もういいわよ・・・どこか、痛い所ない?」
 玲は、その言葉に一瞬止まってから、首を横に振った。
 痛い事は痛いのだろうが、それを言うのは憚られたのだろう。
 千里の様子は、自分以上に痛々しい様子だったから。
 「嘘ばっかり・・・」
 その玲の様子に、千里は思わず微笑みを浮かべながら、安心したように息を吐いた。
 「千里、玲君・・・・・・よかった、目が覚めたんだ。」
 おそるおそる扉をあけて祥子が入ってきた、その後ろには駒沢拓也もいる。
 「あ、祥子さん・・・」
 「もうっ、心配したんだよ。」
 「御免なさい。」
 玲が、頭を下げて謝る。
 祥子の口調から、本当に心配させていた事がわかったから・・・玲は、心の底から謝った。
 「あたしにはいいから、千里にはちゃんとお礼しときなさいよっ!貴方が気絶してから、ずっとここで付きっきりで看病してたんだから!」
 「千里ちゃん・・・」
 玲の目が潤む。
 「ち、違うわよっ、その・・・元々、あたしが原因だったみたいだし・・・」
 何も言わなかったが、もしかしたら今まで同じような事があったのかもしれない。
 そう思うと、申し訳ない気持ちになるのは、千里の方だった。
 パシンと後頭部を叩いて、千里は・・・
 「だから、あんたが気にするような事じゃないのよっ!わかった!!」
 その勢いに、玲は無理矢理頷かせられる。
 「それより、駒沢君には、ちゃんとお礼を言わないと・・・って、あたしも言ってないね、こりゃ。さっきは、ありがとう・・・駒沢君。」
 「・・・?」
 千里の言葉に、玲が首を傾げる。
 「彼はね、ピンチだった二人を助けてくれたのよ。」
 祥子が、玲にそうっと耳打ちをした。
 「あ・・・そうだったんですか・・・あの、ありがとうございました。」
 頭を下げる玲に、拓也は顔を振って。
 「気にしなくていい、人が理不尽な目にあっていたら、助けるのは当たり前だからね。」
 そういって、玲に極上の笑みを向けた。
 「さっすが、学年一のモテモテ男・・・ライバルにも、あんな顔が出来るなんて、やるわねぇ。」
 祥子は、小さな声で言ったつもりらしいが・・・拓也にも丸聞こえである。
 だが、もう慣れたのか、何も言うつもりはないらしい。
 「っま、確かに・・・モテルってのは、わかる気がするわ。」
 こっちは、聞こえないように、祥子にだけ囁く。
 「っお!?不沈戦艦千里丸も、ようやく撃沈かぁ。」
 「ばっ、馬鹿!何言ってんのよ!!」
 思わず千里は、赤くなって否定する。
 元々、こういった浮いた話しは、得意な方ではない。
 「・・・え!?」
 だが、以外にもその言葉に反応したのは、玲だった。
 思わず、声をあげていた。
 拓也は、少しだけ困った様子になりながらも・・・自分の本当の用件を伝える。
 「あの時の言葉、覚えてる?」
 「え、いや・・・その・・・」
 しどろもどろになる千里に、拓也は苦笑しながら。
 「今すぐでなくていいんだ、少し考えて見てくれないか。・・・俺と付き合う事を。」
 それでも、その言葉をはっきりと彼女に伝えた。
 その時玲は、初めてどうしようもない不安に襲われていた。


 帰り道・・・
 「ねぇ・・・駒沢さんに、告白されたの?」
 あれをそれ以外の何と捉えろと言うのだろう・・・千里はそう思ったが、今日は玲も傷ついているのだと思いなおして、素直に頷いた。
 「そう・・・なんだ。」
 玲は、少しだけ落ち込んだように顔を伏せた。
 いつものように、後ろについて歩いているのだが・・・長い付き合いだから、それ位はわかる。
 「ねぇ、千里ちゃんは、どうお返事するの?」
 玲が、そう問い掛ける。
 それこそ、千里がずっと悩んでいる事だった。
 今までの男なら、一蹴していた所だが・・・思わぬ所で助けてもらった恩もある。彼は、気にしないでとは言っていたが・・・元々義理硬い彼女としては、気になってしまう。それにだ、顔も良いし、祥子の話だと頭も良いらしい・・・それに、性格は、今日確かめた通りだ。自分の所に転がり込んで来た物件の中で、今までで一番の物件ではないだろうか。
 千里自身、それほど嫌な相手ではないとゆう事だ。
 友人としても・・・そして、恋人としても。
 だけど、それ程の相手でもあるにも関わらず・・・何かが引っかかっていた。
 それが、後一歩を踏み出せないでいる。
 だから、千里は短く・・・
 「わからない。」
 とだけ、答えた。
 だが、玲はしつこく問い掛けた。
 「それじゃ、千里ちゃんは、駒沢さんの事嫌いなの?」
 「・・・別に、嫌いじゃないわよ。」
 「それじゃ、好き?」
 「・・・・・・・・・」
 それがわからないから、悩んでいるんじゃないかっ・・・と千里は、正直むかっ腹が立ってきた。
 玲が、怪我しているから、優しくなどという殊勝な心掛けは、既に何処かに飛んでいっている。
 それでも、玲はしつこく「ねぇ、ねぇ・・・」と話かけてくる。
 「ねぇ、千里ちゃん?」
 「五月蝿いわねっ、んなもんあんたに関係ないでしょうがっ!うざったいのよっ、もう話かけないで!!」
 思わず、振り返ってそんな言葉を投げてしまった。
 玲の顔は、これ以上なく真っ青に染まっていた。
 「そ、そうだよね・・・ごめんね、千里ちゃん・・・・・・迷惑ばかりかけて。」
 うな垂れたように、顔を伏せて玲が謝る。
 もしかしたら、泣くのを堪えているのかも知れない。
 唯、千里は・・・そんな玲を見ていて、胸が詰まるような想いに襲われていた。

 (そう言えば、何時からだっただろう・・・玲が、虐められても泣かなくなったのは・・・・・・)


 隣り同士であるから、別れ道で別れる事も出来ない。
 だから、イライラはどんどん募っていく。
 千里は、家に帰った途端、とりあえず物に当たって柱を蹴りつけた。
 反対に、千里の脛の方が痛くなり、床を転がり回る。
 とにかく苛ついて、ばしばしと足の平で蹴りつける・・・これなら痛くない。
 余りに無茶苦茶蹴りすぎて、体力が消耗してしまった。
 「はぁはぁはぁ・・・・・・・・・あたし、何やってんだろ。」
 余りの自分の姿の情けなさに、気が滅入ってきた。
 それでも苛つきは収まったので、千里は自分の部屋へに行って、ベットにその身を放り出した。
 程よいスプリングが、千里の体を受け止める。
 ぼーっとしたまま、天井を見つめ・・・千里は、もう一度呟いた。
 「ほんと・・・何やってんだろうな、あたし。」

 気が済んだのは、それから結局一時間以上たってからの事だった。
 良く考えてみた。
 自分だって、玲に彼女が出来たとしたら・・・それがどんな女性なのか、興味本位なしで知りたいと思うだろう。
 何せ、ずっと一緒だった幼馴染なのだ。
 そこには、寂しさだってあるかもしれない・・・ずっと一緒だった二人が、別々の人生を歩むようになるのだから。
 いつかは来る事だと思っていたが、まだまだ先の話だと思っていた。
 だが、現実には、もう直ぐ其処まで来ていたのだ。
 今日の件がいい例だ。
 この関係は、ずっと変わらない・・・なんて事はないのだ。
 いつかは、終わりも来る。
 玲は、元々大人しい性格だ。
 でも、それでも、その終わりの時を感じていたからこそ、今日に限ってはしつこかったのだろう。
 「・・・許してやるか。」
 頭をポリポリと掻いて、照れ隠しにそう呟く。
 自分が感じた寂しさを隠すかのように。

 「玲っ、あたしはこっちでご飯作っていくから、あんたは風呂を焚いてまってなさいよ。」
 千里は、玲が電話に出たのを確認すると、そう捲くし立てて電話を切る。
 何だか、少女マンガの女の子が彼の家に初めて電話を掛けるみたいな・・・そんな気持ちになった。
 「・・・ば、馬鹿らしい。あたしってば、何緊張してんのよ。」
 誰もいない虚空に向かって、少女はそう吼えた。
 その気持ちを吹き飛ばそうかとゆうように。
 「さーて、んじゃ・・・仲直りに、少しくらいは豪華なモン作っていってやるか。」
 そして、千里は気持ちを落ち着かせようと、わざと陽気にそう呟いてみた。
 それでも、何故か動悸は治まらなかったが。


 料理を作っている最中は、持っていっても入れてくれなかったら如何しようとか、食べてくれなかったら如何しようとか考えていたのだが・・・実際に作り終わり、玲の家に行ってみたら事は簡単だった。
 玲が、嬉しそうに家の中へ迎え入れてくれたのだから。
 そうして、いつものように食事をする、玲はゆっくりと、千里は豪快に素早く・・・
 駒沢拓也の事は、話題には上らなかった。
 二人とも、流石に地雷を踏むのは、躊躇っていたのだろう。
 それに近い話題になると、二人とも曖昧な笑みで言葉を濁していた。
 それでも、これで元通りだと千里は思っていた。
 これで、いつものように付き合っていけるのだと・・・だけど、人はふとしたことで変化する。
 千里が以前とは、少し変わったように・・・それは、玲だって同じ事だった。
 「んじゃ、先に風呂貰うよ。」
 「うん、僕はまだ食べてる最中だから、気にしないで。」
 これも何時もの事だ。
 親がいない時は、いつもこうやって二人で食事をして、食べ終わるのが遅い玲より先に千里がお風呂に入る。
 そう、何時もの事だった。

 「うっーん、ああ気持ちいい・・・・・・」
 浴槽の中で腕を伸ばして、心身の疲れを取る。
 (今日は、いろんな事があったもんなぁ・・・)
 正直、恋愛感情なんて物は・・・今だ、実感のわかないものでしかなかった。
 (あたしって、もしかして子供なのかなぁ・・・)
 そう思わないでもない。
 だが、まだ実感できないものは、仕方がないではないか。
 (それとも、そうゆうのって、みんなが言う通り、付き合ってから手に入れるものなのかな。)
 しかし、それも違うと思う。
 普段は、周りから凛々しいとか、反対に祥子には子供っぽいとか、後男の子みたいとか、言われる彼女だが・・・それでも、恋愛に対する漠然としたイメージはある。恋愛ってゆうのは、誰か一人の人を思ってドキドキとかしたりするものではないだろうか。そしてそれは、付き合う、付き合わないには関係ないと思うのだが。
 そんな事をぼうっと考えていたら、何だか気が滅入ってきたので、千里は思考を変える。
 (そういや、あいつ怪我だらけになってたわよね・・・あの様子じゃ、お風呂には入れないよね。)
 ふと、そんな事が頭に浮かんだ。
 邪悪な笑みが、彼女の顔に浮かぶ。

 「タオルであたしが、あんたの体拭いてあげるよ!」
 「い、いいよ千里ちゃん!恥かしいよぉー!」
 「よいではないか、よいではないか・・・」
 「あーれー(笑)」

 そんな事、考えているから子供っぽいと祥子に評されるのだが、彼女はあまり自覚していない。
 「よしっ、その手でいこう!」
 何がよしなのか知らないが、彼女はそう決意を固めた。


 「お風呂、ごちそうさまー、玲。」
 「湯加減は、どうだった千里ちゃん?」
 きゃぴっとした女声で、玲が尋ねてくる。
 「ばっちし、いい感じだったわよ。あんたも早く入っちゃいなさいよ。」
 「あ、僕は、いいよ。」
 玲が、困った様子でそう答える。
 「あんで?」
 「えっと・・・」
 皿洗いをしながら、玲は困ったような微笑を浮かべた。
 だが、千里はそれを無視して。
 「うりっ!」
 「あうっ!?」
 脇腹のあたりを、つつっと突っつく。
 それだけで、玲は洗っていたお皿を取り落としそうになった。
 「成る程ね、お風呂に入ると傷口に染みて大変な事になるからって所か。」
 うんうん頷く千里。
 「わ、わかってるなら、やらないでよぉ。」
 玲は、思わず泣きそうな声を出していた。
 「まぁ、それならしょうがないわね。せめて、タオルで体を拭くぐらいはしておきなさいよ。」
 「うん、わかっ・・・千里ちゃんっ!」
 玲は、洗っていたお皿を一度置いて、千里の方を振り向いて驚いた。
 千里は、下着姿でうろついていたのだ。
 「ち、千里ちゃんっ、下着姿で何やってるんだよ!」
 「何って、いつもの事じゃない。」
 「だから、いつも止めてって、言ってるじゃないかぁ。」
 玲の声は、どこか切羽詰っていたが・・・その様子に千里が気がつく様子はない。
 玲は、そう言うと、千里から視線を外す。
 「っお、玲さんも段々色気づいてきたってわけですか。」
 にやにやと笑みを浮かべながら、千里が勢いづく。
 「そ、そんなわけじゃっ・・・」
 「うんうん、千里さんのこのダイナマイトボディに、欲情したのですな。」
 うっふ〜んと、千里がポーズを取る。
 玲は、顔を真っ赤にして、何も答えられずにいる。
 千里は、ダイナマイト・・・と呼べる程ではなかったが、適度に肉がついたその体は、男なら誰しもが欲情してしまうかもしれない程のプロポーションは持っていた。
 そのまま、千里はからかうように、玲の顔を覗き込む。
 「おー、照れ取る、照れ取る。」
 「もうっ、止めてよっ!!」
 千里の体から、顔を背けて必至な声で玲がそう叫んだ。
 「あはは、ごめん、ごめん・・・じゃ、お詫びにあたしがあんたの体を拭いてあげよう。」
 「っい!?いい、自分で拭くから、いいってば!!」
 半ば悲鳴交じりに、玲は抵抗するが・・・体格の違いで、体の小さい玲は、体の大きい千里に押し切られる。
 「ほらほら、エプロン脱いだ。」
 無理矢理、エプロンを引っぺがして、玲をリビングのソファーに座らせる。
 濡れタオルを用意していた所を見ると、どうやら始めっからそのつもりだったのだろう。
 「ちょ、ちょっと、千里ちゃん!」
 「よいではないか、よいではないかっ。」
 流石に、あーれーとは、玲も言わなかった。
 悲鳴をあげて逃げようとする玲を、千里は力づくで抑え込んで逃がさないようにして、体中を丁寧に拭いていく。
 別段、今までだったら、それほど珍しい光景でもなかったのかもしれない。
 二人は、幼馴染で、千里は玲をこんな風によくからかって遊んでいたから。
 だけど、千里はまだ本当の意味で学習していなかった。

 自分は、女で・・・玲が男だと言う事を。

 「ほらほら、じっとしてぇ〜」
 「お願い・・・ちーちゃん、やめて・・・」
 まるで女の子のような哀願の仕方に、千里は可笑しみを覚えた。
 いつもの事だが、本当にからかいがいがあると。
 「まーまー、ほら。んじゃ、次は下の方行くよ〜。」
 胸や腕を拭き終わると、続いて千里はお腹の方をタオルで拭き始めた。
 だが、それで気がついた・・・玲のソレが・・・・・・朝の時のように大きくなっているのが。
 朝は、男の肉体構造として、大きくなるのは知っている・・・だが、今大きくなっているのは・・・・・・
 途端に、今自分がしている事がどんな事なのか・・・その意味に気づいて、体中が赤く染まる。
 あまりの恥かしさに。
 自分が、男の前で下着姿でうろつき、それで馬鹿なポーズまでして、しかも肉薄するくらいに・・・時に胸を押し付けるくらいにまで迫っていた事を思いだした。
 かぁーっと、熱さが全身に加わる。
 「あ、そ、その・・・」
 今更遅いとは思うが、腕でその豊かな胸を抑えて隠そうとする。
 「・・・・・・・・・」
 恥かしいのは、玲だって同じだった。
 「あの・・・ごめん・・・・・・」
 千里が、情けなさそうに謝る。
 「その、あたし・・・何もわかってなかった・・・・・・」

 自分が女である事を・・・そして、玲が男である事を・・・

 「あ、あたし・・・き、着替えて・・・・・・っえ!?」
 どすんっ!
 玲は、立ち上がろうとした千里の手を取り、今までとは反対に押し倒していた。

 そして、理解していなかった。
 彼は雄で、自分が雌である事を。

 「あ、玲、冗談・・・っん!?んんーー!!」
 千里が気がついた時には、玲は素早く彼女の唇を奪っていた。
 「ちーちゃん・・・好きだ。」
 千里には、その言葉が・・・何処か、遠くの世界の言葉のようにしか、思えなかった。


 玲は、千里をソファーの上に座らせたような状態で、上からの圧し掛かり胸を懸命に揉み始めた。
 少ない性知識の中から、彼女を気持ち良くさせようと必至なのだろう・・・だが、千里は嫌がるように玲を押しのけようとする。
 だが、玲の勢いに、千里は彼を跳ね除けられないでいた。
 体格差から、力の差は明白なのだ・・・女とはいえ、千里の方が運動神経もよく、力も強い。
 それは、先程ソファーに抑え込んでいた事からもわかっている事だ。
 だが、それでも玲を跳ね除ける事は出来ない。
 何故か・・・玲の豹変や男女の行為による恐怖心から・・・それもあったのだろう。だが、一番の要因は、また別にあった。

 「ちーちゃんの胸・・・柔らかい・・・・・・」
 玲は、半ばうっとりとした様子で、その胸を優しく揉みしだいている。
 「そんな・・・お願い、やめて・・・・・・」
 初めて男に触られた乳房は、快楽よりも痛みを先に千里に与える。
 そんな痛みに眉をしかめながら・・・それでも、確実に痛みの裏に潜む感覚もあった。
 幼子のように、玲は千里の乳房に顔を埋める。
 ぴちゃ・・・
 胸の谷間を舐めながら、くんくんと鼻をならした。
 「ちーちゃん、石鹸の匂いがするよ・・・お風呂あがりだもんね。」
 そんなの、当たり前の事なのだが・・・それでも、歴然とした事実を突きつけられると、千里は羞恥の感情に見舞われてきた。
 「そんなの、やぁ・・・お願いだから、や・・ん・・・めてぇ・・・・・・」
 ぴりぴりくるような感覚・・・それが、千里を襲った。
 その甘い痺れのような感覚は、千里の思考を停滞させてしまう。
 力無き抵抗で、玲を自分から引き剥がそうとするが、それは徒労に終わってしまう。

 今まで、庇護する人間・・・守るべき相手・・・そんな相手が、今は逆に彼女をある種支配している。
 そんな感覚が、千里の中に現われ・・・彼女にぞくりとした震えを与えた。
 それは、歓喜からか、恐怖からか・・・今の彼女には、わかりはしなかったが。

 「ちーちゃん、おっぱい見せて。」
 胸を揉まれつづけ、停滞していた思考が・・・玲のブラジャーを脱がせようとする行為で、再び覚醒する。
 「あ、玲っ、お願い・・・やめて・・・」
 嘆願するような視線。
 しかし・・・
 玲は、それには答えずに千里の胸を隠す邪魔なブラジャーを掴むと、一気に上へ引き上げて、その乳房を露にさせてしまう。
 「・・・綺麗だ、ちーちゃんのおっぱい・・・・・・」
 ごくりと、玲が喉を鳴らしたのがわかった。
 「あぁ・・・」
 諦めから・・・だけではなく、玲の言葉に明らかに反応して、千里は体を震わせた。
 「ちーちゃん、おっぱい・・・舐めていい?」
 「だめ、お願い、やめて・・・」
 千里は、あがらう気力もないのか・・・すでに、抵抗自体はしていない。それでも、頭を横にふって拒否をする意思だけは、玲に示しつづける。
 「舐めたいよ。」
 「お願い・・・玲・・・」
 「いいよね?」
 「やめて・・・」
 「舐めるよ・・・ちーちゃん。」
 最後に、玲はそう言うと、乳房のてっぺん・・・ピンク色した乳頭を千里の前で出しながら、舌ですくいあげるように舐めあげる。
 「んっ・・・はぁぁっ・・・・・・」
 舌で舐めるだけの行為・・・ただ、それは千里に与えた快楽以上に、視覚的、道徳的な背徳行為である事が・・・それ以上のモノを千里に与えてしまう。
 玲は、それで気をよくしたのか・・・舐めるとゆう行為に、没頭しだした。
 右の乳房を下からすくいあげるように舐めたり、外周から円を描くように舌を這わせたり・・・彼が、思いつく限りの行為を千里にしつづける。
 「あ・・・んっ・・あぁぁ・・・うっ、あっああ・・・・・・」
 声を抑え様としても、千里の体の芯から滲みでてくるような痺れに・・・それすらも、上手くいかない。
 唯・・・その流れに、千里は身を任せてしまう。
 玲は、余った左の胸に手を這わせて・・・胸を揉みつづけた。
 「んむっ・・・凄い柔らかい・・・・・・凄いよ、ちーちゃんのおっぱい。」
 玲の息は、荒くなり・・・興奮したように、彼女の胸を揉む行為にも力が入る。
 だが、力が入り痛みを与えるような今の行為も、今の千里には甘い痺れを与えてくれるための、アクセントにしかなり得なくなっていた。
 「あっ・・・んっ、あん、あんっ、あぁぁっ・・・・・・」
 ぺろっと、乳首を舌で舐めあげた後・・・一旦、玲は千里から顔を話た。
 「・・・え・・・・・・」
 残念そうな声を思わず出してしまう千里、そしてその事に激しく自分を嫌悪してしまう。
 「ちーちゃん・・・ん、んん・・・・・・」
 そして、その間に唯一つのチャンスを逸してしまう。
 いや、元々もう立ち上がる気力などもなかったかもしれない。
 初めて晒される感覚に、千里は全身を隈なく甚振られていたような・・・そんな状態だったからだ。
 玲は、千里にキスをしはじめた。
 今度は、最初の時よりも長い、長いキス。
 首元に両腕をまわし、ソファーの上に膝立ちになるような体勢で、千里の唇を貪り喰らう。
 別段舌を入れているとか・・・そんなわけではないのだが、千里の唇に吸い付くその様は、まさしく『喰らいつく』といった形容がぴったりとくるような感じだった。
 なすがまま、されるがままの千里・・・
 玲は、唇を離すと・・・せつなそうに、千里を見た。
 「好きなんだ・・・ちーちゃん・・・・・・・・・・・・ごめん。」
 (好きだったら・・・なんで・・・・・・?)
 そんな思いが、千里の中に湧きあがる。
 自分が、挑発的な行為をしてしまった。
 それが、玲の男としての本能に火をつけてしまった。
 それは、理解できる・・・でも、今までだって同じような事はしてきたじゃないか。
 なのに、何故今回に限って・・・
 「ちーちゃんが、他人のモノになるなんて・・・僕は、もう我慢できない・・・これが我侭な行為だってわかってるけど・・・・・・今だけは・・・」
 玲がなんと言ったのかは、わからなかった。
 ただ、違うと・・・言いたかったのに、千里の口から出たのは・・・荒い、息だけ。
 「あ・・・はぁ・・・はぁ・・・あぁ・・・・・・」
 芯からくる痺れは、千里にまともな言葉すら喋らせなかった。
 「いいよ、ちーちゃん・・・今は、もっと感じていて・・・ふたりで、気持ち良くなろうよ・・・・・・ね。」
 ちょっとだけ、唇を合わせた後・・・玲は、千里のショーツに手をかけた。
 千里の抵抗がないうちに、一気に引き下ろして脱がせてしまう。
 千里の秘唇が、外気に晒され、ひやりとした空気をそこで感じとった。
 「・・・あ・・・あぁぁ・・・」
 本来、人に見せてはいけない筈の場所を・・・強制的に見られてしまった事にたいする、背徳感が・・・千里に疼きを与えてくれる。
 そこは、既に華開き、光に照らされて潤いを見せ付けてくれる。
 玲は、千里の秘所に顔をよせると・・・そっと指で、中心から濡れているモノをすくうように触れてみる。
 ちゅく・・・
 淫らな水音と共に、ほんの僅かではあったが・・・濡れている事を指し示している液が、玲の指に付着していた。
 「これが・・・濡れるって事なんだ・・・・・・」
 初めてみる女性の・・・それも、玲にとっては幼馴染で最愛の人のモノ・・・それが、自分の愛撫でここまで濡れていてくれる事に、ちょっとした感動を彼に与えていた。
 彼は、そっと舌を伸ばして・・・
 「ちーちゃん、もっと気持ちよくなろう・・・」
 「・・・えっ・・・・・・あっ、はぁぁぁっ、んっ、ダメっ・・・やっ、そんなのっ!」
 自分の性器に、玲が口を付けているのを見て・・・千里は、驚きで思わずそんな言葉を口にしていたが・・・すぐに、気持ち良さが先行してくる。
 「んっ、あっ、あっ、あんっ・・・ん、ああぁぁぁ・・・・・・」
 最初、秘唇をなぞるように舐めていた玲だったが・・・途中で、舌を秘唇の中へと沈めてみた。
 にゅちゅぁ
 舌にまとわりつくような、そんな感覚。
 そこから、すくい上げるように舌を動かす。
 「やっ、あ・・・んんっ、ああああっ!!」
 千里は、体をビクッと痙攣させたかと思うと・・・体をガクガクと震わせていた。
 舌をすくいあげた時、彼女の陰核に触れて、今までとは比べ物にならない位の快楽を千里に与えていたのだ。
 「・・・ここが、いいの?」
 玲は、そっと舌を伸ばして、そこを舐める。
 「あっ、ダメっ、やめっ・・・うんっあぁぁぁぁ!!」
 その余りの感覚に、恐怖を覚えた千里が、玲の行動を制しようとしたが・・・一歩遅く、再び舐められてしまう。
 千里の手が、玲の頭を押しのけようとして動いたのと、同時だった。
 結果、千里の手は・・・唯、玲の頭の上に置かれているだけの状態になってしまう。
 「あっ・・・あっ・・・あ・・・・・・・・・はぁぁ・・・」
 「これだけ、濡れてれば・・・いいよね・・・・・・」
 千里にも、玲のそんな呟きは聞こえていたが・・・それが意味する所までは、探れなかった。
 何かを考える程の余裕もない。
 玲の手が、自分のズボンへとかかる。
 そのままパンツと一緒に下ろして、脱ぎ捨てると・・・彼のペニスが、痛い程に勃起していた。
 もう、玲の我慢も限界だった・・・彼女と一緒に、一つになりたい。そんな思いが、玲を支配する。
 「ちーちゃん・・・いくよ。」
 彼女の返事を聞かないまま・・・玲は、自分の腰を彼女の腰元に合わせた。
 玲のペニスの先端が、千里の秘所に触れる。
 じゅく・・・
 潤ったそこは、玲のモノを受け入れようと・・・愛液で玲のペニスを濡らして、何時くるかと待ち構えている。
 「・・・ちーちゃん。」
 「・・・玲・・・・・・?」
 ずぶ・・・
 先端が、彼女の中に沈む。
 「ひぃっ!?やっ、何、いやっ!!」
 激痛が、彼女を責めた。
 例えどれほど濡れていようと、処女である限り痛みは伴う。
 「玲、待って・・・おねが・・っい、いぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 玲は、足を両手で固定させて、狙いを定めると・・・暴れる彼女を無視して、一気に中へと埋没させた。
 「ひぃあっ、やぁあっ、やっ、いやぁぁぁっ!!」
 千里の悲痛な声は、家中に響き渡った。
 「玲っ、痛いっ、痛いよぉっ!!」
 彼女は、痛みを堪えるために、玲の首筋に両手を回して抱きつき、泣き叫ぶ。
 玲は、足から両手を離すと・・・その手で彼女の頬を撫でて、顔を寄せ、唇を塞ぐ。
 「んんーっ、んー、んーっ、んーっ!!」
 千里も、黙ってそれを受け入れていた。
 くぐもった声を出しながら、自らも玲の唇を塞ぐ。
 千里は、いつの間にか・・・行為の中で、安らげるモノを求めていた。
 いつも側にいて、いつも一緒にいた男の子の顔。
 ただ、その男の子をずっと誰よりも近くで感じていたかったから、唇を求めたのかもしれない。
 玲と千里は、中に玲のペニスを収めたまま、互いに唇を貪る。

 ちゅ・・・

 「凄くいいよ・・・ちーちゃんの中、暖かくて、ねっとりしてて・・・それでいて、痛いくらいに締め付けて・・・凄く気持ちいい。」
 感動したような、玲の声。
 ぼうっとした千里の思考は、本来の意味までは考えずに・・・唯、玲が喜んでくれた事が嬉しくて、微笑みを返して抱きつく。
 玲を抱きしめる行為は、彼女にたった一つの安心を与えてくれる。
 「動くよ・・・」
 「・・・ん・・・・・・」
 千里が、小さく頷く。
 玲は、ただ腰を擦り付けるように動いた。
 微妙な動きは、処女を失ったばかりの千里に痛みも与えるが・・・同時に甘い痺れも与えてくれる。
 「んっ・・はぁ・・・あっ・・あ・・あんっ、あんっ、あんっ・・・・・・」
 それは、千里に声をあげさせるに充分なモノだった。
 「いんっ、あきらぁ・・・いいよぉ・・・あんっ・・・あぁ・・・」
 千里は、玲の与える快楽に酔っていた。
 もう、何かを考える事など出来るわけがない。
 「ちーちゃん・・・大丈夫?」
 「うんっ、いい、いいのっ・・・あっ、もっと・・・もっとっ!」
 喘ぐ千里に、一度唇を塞いでから。
 「ちーちゃん、腰・・・動かすよ。」
 腰を揺するような・・・でも、今までの擦り付けるような動きとは違う、完全な前後の動き。
 「ああっ、いい・・・さっきよりも、ぜんぜん・・・うんっ、あっ、あっ、あっ・・・」
 「ちーちゃんっ、ちーちゃんっ、こんなのっ・・・凄すぎるっ・・・」
 玲も、何かを耐えるように千里にしがみついてくる。
 そして、腰の動きが早まりだす。
 前後への動きが大きくなり、腰を打ち付けるたびに、千里の嬌声があがる。
 「んんっ・・・あんっ、あんっ、あんっ、あんっ・・・ああっ!!」
 「ちーちゃんっ、ちーちゃんっ!!」
 もう、玲は限界だった・・・玲のペニスは、貫くたびに嬌声をあげる千里の中で、これ以上なく膨れ上がり、最後の時を迎え様としている。
 「ちーちゃんっ、だめ・・・もう、だめだよ・・・いく、いっちゃうー!!」
 「あっ、はぁっ、あんっ、あんっ、ああぁっ・・・・・・んはぁぁぁぁぁぁ!!」
 玲のペニスが、最後の瞬間思いっきりよく千里の中に叩き込まれ、最奥を小突いて白濁とした精液を彼女の中に放出した。
 その瞬間、彼女の背は反りかえり、ビクビクと体中が痙攣を起こす。
 「あ・・・あ、あ・・・あぁぁ・・・・・・」
 玲の精液は、尚も千里の中で放出され・・・追い討ちをかけるように、千里を攻め立てた。
 そして、中で放たれた精液は・・・彼女の中に広がり、染み込んでいく。
 その一つ一つが・・・彼女には、感じられたような気がした。
 「あ・・・あ・・・・・・あぁ・・・」
 玲のペニスが、小さくなっていくのを、彼女の秘所は千里に教えていた。
 玲は、そのまま千里の胸の中に(正確には、肩あたりだったが・・・)倒れこむ。
 幸せそうな・・・可愛い玲の顔・・・・・・
 どうしようもない怒りも、それと一緒に玲にふれられて感じてしまった事実に対する恥かしさも・・・今は、どうでもよかった。
 ただ、玲をぎゅっと抱きしめて・・・寝入る事が出来るのなら。
 そのまま、二人は繋がった状態のまま、抱き合って眠りに落ちた。



 「・・・ん・・・・・・」
 何故かやけに素肌が寒い・・・
 「素肌っ!?」
 彼女には、裸で寝るような習慣はなかった。
 毛布をはいで起き上がる・・・そして、自分の姿を見て・・・事実を思い出す。
 「・・・あ・・・・・・あぁ・・・・・・・・・」
 途端に、悲しくなった。
 処女を失った事よりも・・・玲の行動が・・・・・・
 じわりと・・・自分の股間から、何かが漏れるような感覚に襲われた。
 いや、実際に漏れていた。
 赤い色が太腿に垂れ落ちた跡に・・・その上に白い濁液が流れていく。
 「玲の・・・」
 ぬちゃ・・・
 触れると、べったりと彼女の手に纏わりつく。
 何故か不思議と、妊娠などの心配をする事はなかった。
 ただ、玲がした事を裏付ける証拠が手に入り、思わず悲嘆にくれてしまう。
 そこで、はたと気がつく。
 「玲は・・・どこ・・・?」
 毛布を拾いあげ、それをとりあえず纏うと・・・千里は、玲の部屋へと歩き始めた。

 部屋のドアが、僅かに空いていた。
 千里は、まだドアをあける勇気がもてなくて・・・そっと覗いてみる。
 何をしているか、確かめた所で・・・事実が、変わるわけではないのだが。
 覗いた先では、玲は一人ズボンを穿いて・・・何か、指輪のような・・・おもちゃの指輪だ。それを一心に眺めていた。
 何かが、千里の記憶に引っかかる。


 「えーん、えーん・・・・・・」
 「こらぁっ、また玲をいじめたわねぇっ!!」
 両手をぶんぶん振り回して、玲をいじめていたいじめっ子達を追い払う千里。
 「おぼえてろー!!」
 「へんっ、おとといきなさいってんだー!!」
 「ちーちゃん・・・」
 玲が、千里の顔を見上げて泣き顔を見せる。
 すると、千里は玲の顔を殴りつけた。
 「ふぇーんっ!!」
 「こうらっ、あんたおとこの子でしょうがっ!なーに、いつもいつも泣いてばっかいるのよ!たまにははんげき・・・はムリでも、泣かずにあいつらをみかえす事くらい、かんがえないの!!」
 「ひぃっく、ひっく・・・だぁってぇ・・・・・・」
 「まったく、これじゃあたしがいなくなったら、あんたのじんせいだめだめじゃない。」
 「ちーちゃん、いなくなっちゃうの・・・・・・そんなのやだぁぁぁ!」
 再び泣き出す玲。
 「あーもうっ、たとえばなしよ、たとえばなしぃっ!!」
 「じゃ、どこにもいかない?」
 「・・・・・・さぁ?」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「うわぁぁぁぁん、そんなのやだぁぁぁぁぁ!!」
 「だぁぁぁっ、なくなってゆーの!!」
 べしっと玲の頭を叩き落として、彼女は力説する。
 「たく、泣いてばっかだと、ほんきでいなくなるからね!」
 「うっ、うっ、うっ・・・だって、ちーちゃんとはなれるなんて、やだもん。」
 「ふぅん、そんなにあたしとはなれるのが、イヤなんだ。」
 「うん、ずっとちーちゃんといっしょにいたいの。」
 「ずっと・・・これもおさななじみだから、しかたないかぁ。」
 やれやれと肩をすくめて・・・彼女は、ポケットから一つの指輪を取り出した。
 「ほらっ、これあげる!」
 「・・・ゆびわ?」
 「そうよ、ほらひだりてのくすりゆびだしなさい。」
 「・・・・・・・・・どれ?」
 とりあえず、玲は全部の指を出して彼女にむける。
 「えっと、おはしをもつほうがみぎてだから・・・こっちの・・・これでいいや。」
 それは、正確には右手の中指だったのだが・・・彼女は、気にする風もなく。
 「いい、これであたしたちは、しょうがいいっしょにいるけいやくをたてた事になるのよ。」
 「・・・しょうがい?」
 「ずっとって、事。」
 ぱぁぁぁっと、玲の顔が輝く。
 その顔を見て、思わず千里は顔を赤くする。
 「あんた、ぜったいにしょうらいまだむきらーになるわよ。」
 「きらー・・・?」
 「もてるってこと!」
 「ふぅん。」
 一応、千里としては誉めたつもりだったのだろうが・・・いまいち、玲には伝わらなかったようだ。
 「とにかく、これであたしたちは、ずっといっしょにいなきゃいけないんだからねっ!あたしのゆうことは、なんでもよくきくのよ!!」
 「うんっ!」
 「泣いたりしたら、りこんだからね!」
 「うんっ!」
 その意味はわからなかったが、とりあえず玲は頷いた。
 「やれやれ、このとしであたしもお嫁さんをもらう事になるとは・・・よのなかって、はかないものねぇ〜」
 「ぼく、およめさん?」
 「そうっ、そしてあたしがお婿さんっ!!」
 「これで、ずっといっしょにいられるんだ。」
 「あとひとつ、ぎしきをおえたらね。」
 「ぎしき?」
 「そう、あんた目をつむって。」
 「うん!」
 玲は、素直に目を瞑る。
 玲が目を瞑った後・・・千里は、そっと玲の唇にキスをした。


 (・・・何、やってんのよあたし・・・・・・ってゆうか、なんであんなの、アイツまだ持ってるわけっ!?)
 それの意味を考え・・・あきらかに、千里は顔を赤くする。
 「あ、あの、馬鹿・・・・・・」
 思わず額を抑えてしまう。
 だが、自然と笑みが零れる。
 (・・・ダメだ、多分あたしは・・・・・・どんな酷い事をされても、アイツを嫌いになれない。)
 可笑しくて、笑ってしまう。
 結局、これが答えだったとゆうわけだ。
 本気で抵抗出来なかったのも、何処かで玲を求めていたのかもしれない。
 そんな思いが、彼女の心の中を占める。
 「・・・千里・・・・・・?」
 その時、部屋の扉が開いた。

 「・・・・・・・・・・・・」
 とはいえ、流石にここで明るく話せるほど、千里は図太くはない。
 沈黙が、室内を支配する。
 最初に口を開いたのは、玲だった。
 「千里・・・・・・高野さん。」
 どこか、他人行儀のよそよそしい声。
 これだけで、千里には玲が何を考えているか、わかったような気がした。
 「僕はもう、覚悟出来てるから・・・何をされてもいい、警察にだってついていくよ。」
 それだけ言うと、玲は顔を伏せた。
 これ以上、千里の顔を見ている事は出来なかったのだろう。
 「ふぅん・・・後悔しているわけだ。」
 頷いたわけではないのだが・・・千里には、玲が頷いたように思えた。
 すさまじく、むかっ腹が立った。
 「へぇ、それじゃ、何されてもいいって・・・かいっ!」
 べし!
 ティッシュボックスが、玲の顔面に直撃した。
 「・・・う・・・・・・」
 鼻を抑える、玲。
 殴られるのは覚悟してても、ティッシュボックスを投げつけられる覚悟はしていなかったから、思わず唸る。
 「だいたい、後悔するくらいだったら、最初っからするなっ!!」
 べしっ!
 枕が、玲の顔を直撃する。
 「あんたは、あたしの事が好きなんじゃないのかっ!!」
 どかっ!
 机の上に、乱雑に並べられたノートを纏めて、玲にぶつける。
 「うわぁっ!・・・え・・・・・・」
 いつの間にか、千里は泣いていた。
 「ちーちゃん、泣いてるの・・・」
 「五月蝿いっ、あたしだって、泣くとき位あるわよっ!!」
 千里は、ペタンと床にお尻をつけながら座って、泣いた。
 「馬鹿っ、馬鹿っ・・・あんたなんて、あんたなんて・・・!」
 「あ、その・・・ご免なさい。」
 結局、彼に出来たのは、謝る事だけだった。
 今となっては、触れる事は・・・出来ない。
 それだけの事をしてしまった。
 「馬鹿・・・・・・慰めるくらい、しなさいよ・・・」
 「え・・・っん!?」
 おろおろとした玲を無視して、千里は玲の唇を無理矢理塞ぐ。
 長い時が二人を包み込む。
 「・・・どうして・・・・・・」
 玲から出た言葉の第一声は、これだった。
 それで、千里も仕方が無いな・・・そんな顔で苦笑する。
 (まったく・・・)
 「まだ、わからないの?」
 「・・・うん・・・・・・」
 馬鹿だ馬鹿だと思っていたが・・・
 (訂正・・・こいつは、大馬鹿だわ。)
 「単純な事よ・・・あたしはね・・・・・・あんたの事が、実は好きだったらしいって事よ。」
 そう言って、何かを言おうとする玲の唇を塞いだ。
 (あたしも、結構馬鹿だわ・・・こんな目にあっても、好きなんだから。)

 「たく、それにしてもレイプする度胸があるなら、なんで告白くらい出来ないかねぇ。」
 玲は、その生々しい罪の言葉に、顔を落とす。
 「ごめん・・・」
 「まったくよ、あたしが止めろって言ってんのに、まるっきりやめる気配はないしさ。」
 「ごめんなさい。」
 でも、抵抗らしい抵抗もしなかったよ・・・とは、玲も言わなかった。
 後が、恐いし。
 「・・・・・・っま、あたしも自分の気持ちになんて、全然気づいてなかったけどね。」
 ぽりぽりと鼻頭を掻いて、照れくさそうに笑った。
 「千里ちゃん・・・ごめん、ごめんね・・・僕、僕・・・」
 「まったくよ、本当に・・・ね・・・」
 千里は、抱きついてくる玲を優しく抱き返した。

 「とりあえず、さっき見てた指輪・・・あれ、返して貰おうかしら。」
 一度、玲から離れると、手を伸ばして指輪を要求する。
 「・・・え、な、何でそれを・・・」
 「見てたからに、決まってんでしょうが、ほらっ、早く!」
 玲は、しぶしぶと懐から、指輪を取り出した。
 「ほらっ」
 「でも、なんで今更・・・」
 「りこんだからに、決まってるでしょーが。」
 「あ、うん・・・」
 一瞬悲しそうな顔をした後、それでも微笑みを浮かべて彼は、指輪を差し出した。
 「差し詰め、あんたは『やっぱ、嫌われたんだ。でも、お友達でいてくれるとゆうなら、それで・・・』とか考えてんでしょう。」
 「う・・・・・・」
 図星を指されて、思わず唸る玲。
 「あーたくっ・・・いい、あんたは、それだけの事したんだからね。それくらい、当然でしょうが!」
 「うん、わかってるよ。」
 「わかってるんなら、はい。」
 千里は、そう言って手のひらを返して、玲に甲を見せる。
 「・・・えっと・・・・・・」
 「サイコン・・・右手の中指になんか、いれんじゃないわよ・・・」
 照れたように、千里は玲から視線を背ける。
 その顔は、もしかしたらあの時よりも赤くなっているかもしれない。
 その言葉の意味を知り、玲も顔を赤く染める。
 「あ、う、うん!」
 恐る恐る、彼女の左手を取り・・・玲は・・・・・・



 「・・・えっと・・・そういえば、はまるわけないよね。」
 はははと、思わず笑う玲。
 「う、五月蝿いわねっ、仕方ないでしょっ、そうゆう気分だったんだもん。」
 玲の口端をぎゅっと握ると、これでもかっとゆうくらいに引っ張る千里。
 「いひゃい、いひゃいよ、ちひゃとちゃん!!」
 「五月蝿いっ、あたしはこれの一億六千万倍痛かったんだからねっ!是くらい、我慢しなさいっ!!」
 ぎりぎりと捻りあげた後・・・
 「それで、今度は、ちゃんとあたしの指に嵌められる奴をくれるんでしょうね。」
 ぷいっと顔を背けて、千里がそっと呟く。
 「えっ・・・・・・うんっ、今度は僕が用意する。千里ちゃんの指に合う指輪を・・・それに、今度は・・・今度こそ、僕の方から・・・・・・」
 千里の手を両手で握り、玲は顔を近づけた。
 「・・・ん、期待して待ってるから。」
 千里も、玲の方に顔を近づけていき・・・そして・・・二人の影は、再び重なりあった。

 まるで、あの日のように・・・




あとがき
 読みきり〜っ・・・ですけど、実はこれ本来は『天秤』を書いた時の、もう一つの候補だったんです。
 あれは、女の子の性格が反転する話で、こっちは男の子〜・・・だったんだけど妙な感じになったんで、天秤の名前はあっちに譲って、こっちは別の名前を付けました。
 ・・・って言っても、あまり捻りも何にもない題名ですけど。
 いや、他に適当なのも思いつかなかったし。

 今回は、こんな所で・・・それでは〜! 


2002/9/1



めにゅぅへ

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